一品ミニ美術館について
一品ミニ美術館について
一品ミニ美術館の経緯
 平成5年9月18日土曜日午前10時、尾張町に最初の『一品ミニ美術館』二店舗が開館しました。金沢市商工課より祝辞を戴き、報道各社の見守る中、金沢らしく店開きの謡曲「岩船」の一節と共に、テープカットがなされました。 尾張町が商店街としての活力を失いつつあり、皮肉にも“終わり町”とすら言い兼ねない時期に、若手会が主体となって作り上げた「“びじょん”の創造へ向けて」(昭和63年3月)で提唱してから五年の熟成期間が刻まれて......。要は、慌てず、焦らず、自分達に合ったペースと信念を持ち続けたことが幸いしたのでしょう。

 具体的に、金沢市商工課の助成事業として申請してからは、三年目の実現となります。内容は、尾張町商店街振興組合を対象にして、一店舗当たりの工事金額の半額補助をする形で、最大250万円が限度となっています。個々の店へは尾張町商店街振興組合から補助されますが、「尾張町美術の商店街整備事業」と名打っているだけに、今後は毎年二店舗のミニ美術館を開館して行き、少なくとも十店舗程度は展開することで、他に類を見ない″街創り″を目指しています。

 一見すると、観光の商店街を思われるかも知れませんが、基本的には“商業観光”であり、あくまで商業が主体であり、観光は従の立場です。地域社会に還元する商業経済の力があってこその、文化の発生がなされたのであると信じていますから。

●「商人文化」への「こころ意気(粋)」
 『一品ミニ美術館』とは、一口には“尾張町商人のこころ意気(粋)”を今に伝えるものです。
 尾張町の歴史を辿れば、金沢最古の市(いち)である「山崎村凹市(くぼいち)」が開かれていたり、前田利家が尾張名古屋の出生地から連れて来た商人が移り住んでいたり、とされています。いわば、連綿と流れるものを伝え遺している町とでもいいましょうか。
 一方、金沢が魅力的な処であるといわれるのは、近代的な面を持ちながらも、こうした歴史的遺産を持っているからです。幸いにも尾張町は、加賀藩の経済・文化重視政策を支えるかのように、ここに住まいする商人が北陸の地の繁栄に貢献して参りました。ために、財産を貯めるのにも、「金」・「土地」の他に美術骨董品の「道具」を加えた三分割蓄積をしていた程です。
 商人とは、“飽きずに商いする”とも言われています。この飽きない姿勢が、いつしか老舗を育て、「商人経済」の充実から『商人文化』をすら産み出して来たのでしょう。 目まぐるしい程のドライな高度情報化社会の今こそ、こうした人のこころに触れるウエットなものが大事なのではないか......。
それも、目に見えるハードなものでなく、 目に見えないソフトな商人の“こころ意気(粋)”をこそ、
   『一坪でもよい 一品でもよい』
 例えささやかであっても、代々伝わる何かを店先に展示すれば、移ろい易い表面的な形を超えて、尾張町商人の『こころ』は伝わって行くはず。 それが商売道具であれ、何であれ、忘れてならないものを思い起こす、手造りの貴重なミニ美術館・ミニ博物館・ミニ工芸館になると信じて来たのです。
 だから、二店舗共に骨董品は展示してありません。看板やハンテン、大福帳、引き札(今のポスター類)、創業時の五円金貨、リヤカー等の、商家に代々伝わっている先人の商人としての心がこもっているものが主体です。 歩く速さが考える速さと一致するといわれます。尾張町のまちかどを歩きながら、是非、この『一品ミニ美術館』で忘れかかっているものを再発見して下さい。営業時間内なら、いつでもご覧になれますから。

[石野テント] [佐野商舗] [ふとんのタカハシ] [山田時計店] [文真堂]
[森忠商店] [村松商事] [松田文華堂] [タカシキ] [光画社] [三田商店] [金沢蓄音器館]


尾張町商店街に戻る